2017/09/08

9月なのに暇なのか



ネットで流行らせる文章の書き方には流行りがあると思う。
これらは最近見た中で最も顕著に最近の流行手法の型にはめた展開と要素構成で書かれている。

お分かりいただけたでしょうか?

例えば、本論とあまり直接的に関係なくてもいい、時事ネタや芸能ネタなどを冒頭に餌としてぶら下げる。というか冒頭に意味不明にぶつける。そのうえで、実際よりかなり誇張した内容を連ねて、結論があるわけでもなく、単なる何かの宣伝になっていたりする。

音楽もイベントもファッションもこの感じであざとく書かないとバズらないのかな?
幸いにも要素としては元々いっぱい含有しているんだから、思い切って寄せていくのもあり。
お金かけてそれができるところはこういう人達使ってもいいと思うし。

でも結局かっこつけたいってのがベースにあるからやらないか。自分はやらないし。

2017/06/29

フューチャーの意味

どんな世界でも良かった過去に縛られている人は多い。

自分も、ダンスホールバブルの熱狂の渦の現場にずっといたから、あの頃ああだったのにという思いにかられることはある。
月曜から日曜まで文字通り毎日、渋谷、新木場など都内主要クラブのメインフロアでダンスホールレゲエのみのイベントが開かれて人で溢れ返ってたし、熱狂的な盛り上がりだった。

バブルに乗っかったのではなく、そのブームを作っていった一端を担った自負がある。
だから、自分も良い意味でも悪い意味でも「ダンスホールバブル」に縛られていると思う。
当然同じようなことを今求めたって仕方がないのも分かってるけど、やっぱり心のどこかで楽観的に考えてしまっている部分がある。

あんなに流行ったんだから、みんなダンスホールというものぐらい知っているだろう
っていうのはとんでもなく大きな間違い。
今また「ダンスホール的打ち込みの音」が流行っているだけでダンスホールミュージックそのものやその文化には興味がある訳ではない。

10年前がどうだったかなんて当事子供だった今のお客さんが知る訳がないし、あの時のお客さんをどうしたら取り戻せるか考えるなんてとんでもなくナンセンス。
そんな超シンプルで当たり前のことに気が付いていない人は多い。
もちろん、ターゲットを絞って特化したイベントはそれはそれで良いと思うけど、
過去の呪縛から抜けられないプレイヤーには、変化が必要とは実感しがたいんだろうと思う。

これはどんな商売でも同じで、過去のお客さんを取り戻すなんて発想では絶対に発展しない。
未来のお客さんを確保するべく地道な努力をしなければダメに決まってる。
伝統芸能だって、時代に合わせた変化をし続けているんだろうし、全ては未来を見てどうかってことだよね。

だからフューチャーなんだよね。
音的に新しい感じ、未来っぽいとかそういうことでは全くない。


2017/06/05

オタクその②

自分も含めて、多分、ほとんどの人はある意味ではオタクであはるんだけど、
その深度とか依存度、その人の持つオタク要素とそれ以外の要素との比率で、
本物のオタクかそうじゃないかを、自分自身ではなく、客観的に判断されるのがオタクではないかと思う。
ヲタかオタなんてもっと客観的な判断。キモイかそうでないか結局見た目の話がほとんどなはず。

一昔前は、DJや歌を歌う人達、バンドもそうだろうけど、アーティスト的なものを目指すオタクって
音楽の文化的背景のトレースっていう部分にも比重を置くことが求められたし、
その深度でいけてるいけてないかが判断されてきたと思う。

2000年代まではファッションと音楽の文化的背景が密接に絡み合っていたから、
ライトなオタクであっても、「その音楽が好きな人」と客観的に分かるような見た目に必然的になっていた。
だから、「こういうタイプの音楽が好きな人だろうな」と、そのオタク的音楽趣味を理解しない人からも客観的に認識された。
これが旧タイプのDJの多くの姿だったと思う。オタではあるけどヲタが比較的少なかったのはそういう理由。
(もちろんアースカラー全開の小汚いBボーイがヲタと認識されるケースは多々あっただろうけど)

時代の流れで、音楽のジャンルという概念が薄まるのと共に、音楽の文化的背景という概念が無くなった。
2010年代は、もはややっている音楽と見た目が連動するということは全くない。むしろそれをするのはダサい。
その必要無くなったオタク要素の隙間を埋めるべく、音楽そのものへの深度がイケテルイケテナイの尺度に求められる。それか、ちょっとアングラな嗜好(例えばTatooや薬物)への寄り添いの深度でオタク度を補完するようになった。先に述べた、ニュータイプのオタクDJはこういう状況にあると思われる。

既存のDJ達とは違うタイプのニュータイプのオタクが台頭してきていると感じるという意味は、
そのような、深度の深い、音楽偏差値の高いタイプのDJが増えたという意味であり、
ぱっと見はステレオタイプなDJの見た目をしていない、というかする必要がない人達が増えたということ。
箱DJ的などのディスコDJ的なマジョリティ対応の人達が”金髪+オフホワイト”が制服なのに対して
ニュータイプDJにはにはそういう見た目指標は無い。
サイレントマジョリティ対応ではないため、音もファッションも独自なものを作っていこうとするタイプで、
いわゆる辞書的な「社会性が低い、対人距離感がおかしい」みたいな旧来型のオタクとは全然違うニュータイプだ。

これが良いか悪いか、業界のシュリンクに拍車がかかるのか拡大の糸口になるのか
こればっかりは分からない。だから推移を見守りたい。

ただ、オタは良くてもヲタは異性には受け入れられないでろうから、
客観的な判断要素である見た目が地味になりガチであることはネガティブな要素でしかなく、
サイレントマジョリティを巻き込んでいくのは相当難しいのではないかと思っている。

っていうか、地味な音楽オタを超きれいなお姉さんが好きなわけなさそうだから、
 地味な女ばっかりクラブに増えたら嫌だなって思う。

話がまとまらないからおしまい。


2017/06/02

オタクその①

DJの世界ではオタクの興隆が目覚しく、推移を見守りたいと書いたので、
その「オタク」についてちょっと考えてみた。

「オタクがオタクでなくなるとき」という著名ブロガーの記事がある。

http://bunshun.jp/articles/-/2475 

ポイントは大体この3点ぐらいかな。

①結婚とか子供が出来たとか、ライフステージが一定段階にくるとオタク引退が必須になる。
②オタクを引退したときにやることがなくなってすごく虚しい。
③オタク趣味以外に人生で大事にすることがいっぱいあることに気づいた時には遅い。

半分同意、半分不同意って感じ。

①ライフステージ云々については、趣味が合えば継続可能。
妻は、ダブに8万とか払っても文句言わずに、いいね!って言ってくれるし日々一緒に楽んでいる。
これはアニメとかだって一緒で、コスプレしながら子作りすればいいし、子供にも与えて一緒に楽しめばいい。
会社なんて見渡す限りほぼ全員電車オタクだけど、みんな子供と一緒に楽しんでる。

②やってることが無駄だったと感じて虚しい云々については、
世の中的にまともっぽいと思われているような趣味だったら、そこへの人生の投資は一切無駄にはならないといえるの?
これは良く分からない。ダメな趣味とそうじゃない趣味の線引きが曖昧。アニメはダメでDJはいいのか?ダメだろうよ。

③これが一番わからないのだけど、オタク的な趣味以外にもっと人生で大事なことって何だろう?
①的な話であれば、オタクを継続するか否かとの因果関係は絶対ではない。
「人生におけるもっと大事なこと」ってのが多分まだ見つかってないからなのか、よくわからない。

ってここまで書くと全部否定だった。

でも、わかる部分もあるんだよね。
なんていうか、人に愛されないオタクになるのはマズイだろうし、
そういうオタクを継続することは危険だという部分では同意できる。
それしか出来ない人の世界に深入りしてはいけないってイメージ。

気がついた時に選択肢が何もなくなっているような生き方はするなっていう意味なのであれば、
オタク趣味を継続するとどうのこうのじゃなくて、 その深度とバランスを大事にしろって話だよね。
そもそもこれはオタクに限った話じゃなくて、何事にも共通していえる話だけど。

筆者はゲーム、アニメ、アイドルなどを趣味とするステレオタイプなオタクをターゲットに書いているけど、
派手に生きてて、トロフィーワイフどころではない結婚をして、スポットライトを浴びて生きているオタクもいる。
DJなんかみんなそうじゃない?極端な例かも知れないけど、「オタク=人生詰んでる人」ではないのが今のオタク像ではないかと思う。

70年代に作られたというオタクという言葉の辞書的な意味の一部である、「得意分野以外への知識や社会性に欠ける人」
という言葉だけをオタクとしてしまうと、ニュータイプのオタクを理解することは出来ないと思う。

次は、ニュータイプのオタクDJについて

2017/05/30

サイレントマジョリティ

気がついたら年始の投稿から半年経っていた。

年始に今年は世代交代だ的な話をして、諸々若手に任せて回していくことから、
 自分が無駄な発信をして老害にならないようと思っていたからだ。

という訳ではない。

 一歩引いて自分のいる世界を見ると、あらゆることがどうでも良く見えて、
一々何かにつけて発言する気にならなくなっただけだった。

そんな感覚で何を書こうかなって思ってたらちょっと良いネタがあったので久々に書いてみる。

とあるアパレル業界の専門家のブログで、
大衆は洋服のことなんてほとんど知らないんだから
 「ノースリーブワンピース」を「ランニングシャツが長いみたいなの」とか普通に言うし、
 店舗の陳列を見て、女物と男物の区別も付いたり付かなかったりが当たり前だという投稿があった。

これは超絶ごもっとも。
自分もどちらかというとそっちの類の人間だと思うから良く分かる。
横文字の名称を積極的には使わないし、服だ靴の細かい機能だとか素材だとかほんとにどうでもいい。
更に、モノの付帯情報に関してはどうでもいいを通り越して無意識にシャットアウトしている。
そういう部分にお金を払うという感覚に至っては、ほんとにコンマ1ミリも持ち合わせていない。
自分が作っているものは単なるコスプレ用具で服ではないと定義しているのもそういう理由からだ。

先のブログでは、そういった層(良く分かってない大多数の人達)を「サイレントマジョリティ」であると定義し、
そこを教育し、惹きつけられないブランドが多いから不振に喘ぐブランドが多いとまとめていた。

果たしてそうなのか?

「ブランド」ということでいえば、ちょっと違うと思う。
例えば「ルイビトンのランニングの長いやつ」が欲しいババアは沢山いると思う。自分もそうだ。
ババアや自分達からしたら、それがどういう用途のアイテムで名称がどうで、
どんなデザイナーが何をイメージしてどんな生産工程で熟練の技がどう盛り込まれて作られているかなどどうでもいい。
ブランドという信頼を求めたり、そのイメージを身に付けることで見栄を張ったりしているだけ。
そういう意味では、やはり一流のブランドはサイレントマジョリティに対しても、ブランディングがしっかり出来ていると思う。

音楽というかDJのブランディングと市場拡大も同じだと思う。
自分は昔からジャンルとか全然知らないし、流行り廃りとかもどうでもいい。
なんとなくこういう感じが好きとかかっこいいとかはあっても、 それすら結構ブレるし、
音楽に付帯する細かい事については全くといって興味がない。
音楽の話しをしてて適当な相槌を打っている時は全く分かっていないと思ってもらって差し支えない。
ポーザーというのはそういう意味だから。

そういうサイレントマジョリティが沢山いるなかでも、真の意味のブランディングは必要なんだけど、
そのうえで、「なんとなく彼らの音楽や雰囲気が好き」ぐらいのお客さんを
如何に味方に付けられるかどうかが大事。

DJの世界でいえば、ここ数年箱DJ的な人達が台頭しているのはそういうことなんだと思う。
サイレントマジョリティ向けの流行りの音楽だけでなく、
DJとしてやらないといけないことも多少混ぜて上手く提供できて
玄人に文句を言わせずに、サイレントマジョリティのニーズも満たせているから。
別にものすごく面白い訳じゃないけど上手いし、分かってるよねっていう。

これに対して、2017年に入ってから良い意味でオタクの興隆が目立って潮目が変わってきたように感じる。
元々うるさい声のでかい少数派をターゲットにしたタイプの人達がネットの世界からリアルな世界に出てきた。
彼らが、サイレントマジョリティにまでしっかり教育したり、そういう層を巻き込んだりしてシェア拡大できるのか、
現状に手詰まってるブッキング担当やイベンターが、目立ってきたオタクを目新しい流れとして乗っかって起用して
一過性の流行りで終わるのか見物だと思う。

うちは、時流の見極めが難しい今年はより一層マイペースにポーザーとして、そのどちらの要素も取り入れて適当にやるだけ。
若手は毎日動き回ってるけど、自分は夏までは大きいイベントが月に1個ぐらい。
その分、一回一回のクオリティを上げて楽しんでいきたい。

一番サイレントマジョリティの気持ちが分かるプレーヤーとして。